(株)以文社

最終更新日: 2008/11/22 06:32:35

出版者情報

国別記号 4
出版社記号 7531
出版者名 (株)以文社 [Google] [Yahoo!] [Wikipedia] [Books.or.jp]
ヨミ イブンシヤ
url http://www.ibunsha.co.jp

出版社コードに関する詳しい情報は日本図書コード管理センターにて出版社検索をしてください



Amazon.co.jp 出版社別ランキング?

国力論 経済ナショナリズムの系譜

国力論 経済ナショナリズムの系譜
中野 剛志

通常24時間以内に発送 (2008/11/22 06:32:36(日本時間)時点 -詳細はこちら-)

¥ 2,310 (ISBN : 4753102610, 2008-05-20)


詳細をみる

Books.or.jpで本を見る
Amazon.co.jpで詳細を見る

経済思想史の常識を覆す

 本書を「役人の政策PR」だと思って読むと面喰うだろう。著者は、経産省の官僚としての仕事をこなしながらイギリスで博士号を取得したアカデミシャンでもある。本書も、いわば経済政策の実践を基礎づけるための、学術的根拠としての「経済思想史」の書である。

 本書は、近代の経済学説史のなかで、「経済自由主義」と「マルクス経済学」の陰に隠れて異端扱いされてきた、「経済ナショナリズム」の理論の系譜に光を当てなおす試みである。
 「国力論」というタイトルにそのエッセンスが集約されていると言っていい。本書は「国」の理論であるとともに「力」の理論なのだ。近代経済学の主流派である経済自由主義は、基本的には価値の「交換」の理論を組み立てているのであって、価値が「創出」される現場を無視する――あるいは与件として前提する――ことで成り立っている学問である。しかも「方法論的個人主義」を採用するのが常だから、歴史的・文化的存在としての「ネイション」は、経済現象の説明変数としてはほぼ無視されている。
 そして、日本の政治・行政における「構造改革」も、そうした理論の延長線上で実践されているものである。
 これに対して著者は、価値の交換プロセスの構造のみならず、価値を創出する「力」(人間の活力)そのものを直視することの重要性を繰り返し指摘する。そして、「力」の構造を検討し、その源泉を尋ねてみれば、歴史的存在としての「国」の姿が浮かび上がってくるというわけである。

 著者はまず「経済ナショナリズム」の理論を築き上げたA・ハミルトンとF・リストの著作を検討し、彼らの理論に哲学的な基礎を与えたD・ヒュームの思想を綿密に読解する。ヒュームといえば経済自由主義の始祖の一人と目されているが、著者によれば、A・スミスとともに彼は経済ナショナリズムの基礎を作り上げた理論家なのであった。また驚くべきことに、経済自由主義の大立者の一人とされるA・マーシャルも、著者の考証によればほかならぬ経済ナショナリストであったのだ。

 経済学説史に衝撃を与えるばかりか、平成日本の「改革」騒ぎを批判するための理論的根拠ともなる「経済ナショナリズム」の入門書。必読です。
(レビュー日:2008-07-21)

『国家とはなにか』

『国家とはなにか』
萱野 稔人

通常24時間以内に発送 (2008/11/22 06:32:36(日本時間)時点 -詳細はこちら-)

¥ 2,730 (ISBN : 4753102424, 2005-06-17)


詳細をみる

Books.or.jpで本を見る
Amazon.co.jpで詳細を見る

日本で出版された「国家論」のなかでは第一級のテキスト

本書は、近現代の「国民国家」がどのような原理によって、またどのような過程を経て成立しているかを主としてホッブス、スピノザ、ウェーバー、ドゥルーズ=ガタリらの論に倣いながら、解明しようとしている。「国家」とはなにかということについてのウェーバー流の定義から始まり、「暴力」「権力」「秩序」「支配」「富」「領土」「主権」といった概念と「国家」との関係を、異論を挟むことの難しいクリアな論法で精密に描くことに成功している。
本書の論旨に従えば「国家」とは住民の合意に基づく安全保障の共同体と見做すことはできない。そうではなくて、「国家」とは本質的には強力な暴力組織のことである。「国家」は「住民」を「保護するゆえに(しばしば)拘束する」のではなく、むしろ「拘束するゆえに(しばしば)保護する」。「国家」の存在意義は住民のセキュリティの確保ではなく自ら(国家の支配者)のセキュリティ・存続であることが、本文の論旨を追えば明確に理解できるはずである。
本書後段では、封建国家の暴力から近代国家の暴力へと至る歴史的なメカニズムを説明している。「国家」の歴史とは、畢竟、支配者が暴力を使って富を獲得する歴史である。結びの第7章「国家と資本主義」では、グローバル化の進展が続く資本主義と国家の関係について述べている。資本主義の深化は国家の「暴力を行使し富を獲得する」本質に抵触することはないため、見かけ上「ボーダレス」になったとしても、国家の漸減・消滅などということはありえず、むしろ「国家」は暴力的な本質を今後あらわにしていくことを予言する。
本書は日本語で記述された「国家論」のなかでは一級のテキストである。セクトに関係なく今後の人間社会を考察するうえで参考になるところ大である。
私は著者の今後の研究の成果にも大きく期待する。
(レビュー日:2007-08-24)

抽象的思考だけが人生と世界を変える

国家とは、「暴力による支配」の結果生まれたのであって、国家があってしかる後に暴力が必要とされたのではないというのが著者の主張である。
正当と合法、あるいは正当と正統等々の語義の確定から、様々な先行する国歌論を捌いていく様は見事である。決して、単純な説明ではないし、注意深く読む必要はある。また、『リヴァイアサン』やフーコー、ハンナ・アレント,カール・シュミットらが縦横に引用されている。しかし、著者の論理を辿ることは決して難しくはない。最新刊の『カネと暴力の系譜学』を先に読んでいたからかもしれないが、これだけリーダブルな国歌論も珍しいのではないか。とはいえ、決して水準が低い入門書という訳ではない。
『カネと暴力…』の方はおそらく中学生でも理解できる好著だ。これとて、内容は高度!
無理なく抽象的な思考を促すと言えばよいか。文体はどこか数学的とも言えるのでは?
こういう書物を読むことは、結構人生を変える経験になる気がする。
中学高校の教科書、大学の一般教養でのみならず、多くの社会人、ことに団塊世代には是非とも繙いてもらいたい1冊だ。源泉徴収で知らぬ間に徴税され、年末調整で喜んだりしている賃金労働者(評者もだ!)は多分目を開かされるだろう。
この著者の美点は読みやすさを心がけているというところではないか。主語ー述語の関係が明確で、論理が一貫している。煙にまくというようなところが微塵もない。社会科学=哲学の面白さを若年者や労働者にも啓蒙できる希有な人材とみた!!!
経済学にはこういう人はいない。
この本を読んでいると自分の頭が良くなってきたとさえ思わせる。うん、確かにこの本を読んでいるときは頭がよいのかもしれない。
(レビュー日:2007-04-23)

国家=暴力=政治団体=国民国家=神権=ナショナリズム

 主にポストモダン思想によりながら国家=暴力=政治団体=国民国家=神権=ナショナリズムを論じた労作。
 あまり独創性に富んでいるとは言えないかもしれないが個々のテクストの読解は見事。
 法や現在の法システムに関する考察は不十分で主に前近代国家を考察したものといえるが
国家の成立を興味深く考えることができる。
 課題としては系譜学的な考察を典拠とするテクストに頼っているため弱いと感じた。
 例えば
「統治権を簒奪した王たちは、自己の安全のために、自分は不死の神々から系統を引いていることを
世間に信じさせようとつとめた」という部分等。
 次の著作では法、政治に関して系譜学的な面からの考察を望みたい。
 
(レビュー日:2007-01-05)

多少不満あり

たしかに丁寧に書かれているし、勉強にもなった。買って損はないとは思う。が、読了後、なんか物足りないんじゃねえのか、と感じずにはいられなかった。結局、これまでになされていながら、あちこちにとっ散らかったままでいた諸々の議論を、小器用に整理しただけではないのか? いわば、『構造と力』の政治哲学ヴァージョンといった感じ。浅田彰と同じく、萱野氏にも独創性が欠けている。今後、萱野氏には、前者のごとく交通整理役を務めるのではなく、多少強引でもいいから、従来のパラダイムをぶち壊すような仕事を期待したい。バリバール先生に頼らずにね。
(レビュー日:2006-04-19)

テーマは「骨太」なものだが……。

「国家」と何かについて、主として「暴力」を中心として概念的に分析した書。端的に言えば、国家とは「実体」でも「関係」でもなく、「暴力に係わる運動」として理解すべきであると著者は主張する。
前半部では理論的考察、後半部には歴史的な考察が行われる。

「国家とは何か」という今どき誰も論じたがらない「骨太」な内容を「直球で」論じながらも、平易で分かりやすい文体であることには好感がもてる。
しかしながら、そうした「大テーマ」のわりには紙数の制限からか、精緻な読解やオリジナルな議論展開に乏しいように見受けられる。

(レビュー日:2006-04-15)

VOL 03

VOL 03
萱野稔人

通常24時間以内に発送 (2008/11/22 06:32:37(日本時間)時点 -詳細はこちら-)

¥ 2,310 (ISBN : 4753102637, 2008-06-26)


詳細をみる

Books.or.jpで本を見る
Amazon.co.jpで詳細を見る
レビューはありません

ホモ・サケル 主権権力と剥き出しの生

ホモ・サケル 主権権力と剥き出しの生
ジョルジョ アガンベン; 高桑 和巳;

通常24時間以内に発送 (2008/11/22 06:32:37(日本時間)時点 -詳細はこちら-)

¥ 3,675 (ISBN : 475310253X, 2007-04-10)


詳細をみる

Books.or.jpで本を見る
Amazon.co.jpで詳細を見る

歴史的名著になるはずなのだが・・

とにかく訳が最低。なぜ哲学、政治学の翻訳はここまでひどいのか?まるで一般読者を排除するような難解な造語のオンパレード。それが適切ならともかくまったくの自己満足。
原書では平易な言葉しか使ってないというのに・・まさに記号化。ポストモダン文学ですかこれは?

こんな悪訳を理解するためにかける時間を考えると、辞書を引きながらでも、原書を読むことをお勧めする。
原書はすばらしかった・同じ本とは思えません。




(レビュー日:2008-02-27)

観察者の系譜―視覚空間の変容とモダニティ (以文叢書)

観察者の系譜―視覚空間の変容とモダニティ (以文叢書)
ジョナサン クレーリー

通常24時間以内に発送 (2008/11/22 06:32:38(日本時間)時点 -詳細はこちら-)

¥ 3,360 (ISBN : 4753102459, 2005-11)


詳細をみる

Books.or.jpで本を見る
Amazon.co.jpで詳細を見る

近代科学の始原がよくわかる

1997年の版で読みましたが、
科学的視点の位置が19世紀にいかに形成されたかが、
有名な近代自然科学の実験を素材にして語られいて、
当時、社会学的なことに関心をもっていたので
現代的知識の形成を具体的に理解するのに
とても役にたちました。
(レビュー日:2008-04-23)

濃密です

身体の境界が変容したことにより近代の文化、技術はその新しい観察者という存在を生み出した。その観察者の視点で近代以降の文化的所産がつくられてきたという主張。フーコーのいう19世紀以降人類の芸術は進歩していない。という、その歴史、芸術的断絶を背景に濃密な議論が結実していると思います。
 しかし、この本にあることは今や常識であり、今、この本が読まれるべき価値はさらなる歴史的断絶を経験しなければならない今の人たちの過去として読まれるべきだとおもいました。
 歴史における飛躍は、知識として知っておく必要が十分にあるとおもいました。
(レビュー日:2007-06-01)

語られた視覚の歴史(近代まで)

近代がいかに視覚をもとにした体制なのかという歴史記述。フーコー的系譜学ですが、はるかに明瞭です。映画へと続く視覚装置の、連続よりも不連続に意味を見出し、そこに「観察者」の変容を跡づけています。17、18世紀から19世紀になる時点で、視覚は主観的、幻像的になると同時に、より権力にさらされて主体化される「観察者」となってゆく。第4章のステレオスコープの記述など、感動的です。ヒッチコックの『ダイヤルMを回せ』を思い出すのは、恣意的すぎるでしょうか?とにかく、イメージに興味がある人必読の書!
(レビュー日:2006-11-11)

夜戦と永遠 フーコー・ラカン・ルジャンドル

夜戦と永遠 フーコー・ラカン・ルジャンドル
佐々木 中

通常24時間以内に発送 (2008/11/22 06:32:38(日本時間)時点 -詳細はこちら-)

¥ 6,930 (ISBN : 4753102661, 2008-11-07)


詳細をみる

Books.or.jpで本を見る
Amazon.co.jpで詳細を見る
レビューはありません

アナーキスト人類学のための断章

アナーキスト人類学のための断章
デヴィッド グレーバー

通常24時間以内に発送 (2008/11/22 06:32:39(日本時間)時点 -詳細はこちら-)

¥ 2,310 (ISBN : 4753102513, 2006-10-31)


詳細をみる

Books.or.jpで本を見る
Amazon.co.jpで詳細を見る

アクティヴ!!

この著者の評価は「Toward an Anthropological Theory of Value -The Fales Coin of Our Dream」の翻訳を待つか、原文を読むべきでしょう。
これはパンフレットです。
Prickry Paradigm で pdf で全文無料で落とせるモノです(お早めに)。
高踏な本ではなく理想を語る本です。
がんがん読み飛ばすための良い本です。
(レビュー日:2007-02-08)

「高踏理論」に抗して

レーニン型社会主義が「勝利する」前の19世紀末から20世紀の初頭にかけては、さまざまな「社会主義」運動が叢生した。修正社会主義のみならず、アナルコ・サンディカリズム、評議会共産主義運動、相互扶助社会主義等々・・・。レーニン型社会主義が崩壊し、グローバリズムが席巻する現在は、そうした1世紀前の時代の螺旋状の回帰の時代なのかもしれない。著者のスタンスは、反グローバリズム運動を担う諸運動のなかに、アナキズムの「要素」を見いだし、それを現代オルタナティブに鍛え上げていくことにある。文化人類学者としての知見を駆使しながら、「国家無き状態」はありうるということを示し、また高踏な理論によりかかるのではなく、より経験に即した「下からの」理論構築をすることで、マルクス主義とアナキズムの「社会革命的」要素との「折衷」を図っていくこと。著者の言っていることには何ら「新しい」ものはない。それは、運動そのものの中に価値を見いだし、それをひたすら教訓化しようとしてきた真面目な試みのなかに、つねに萌芽としてあったものを明らかにしている「だけ」なのであり、そこにおいてかけがえのない意義があるのだ。
だから、この本のなかでグレーバーが使っている「ターム」を、またぞろ「新基軸」として評価し、輸入するのはやめるべきである。各々の経験に即して再言語化していくこと、が本書の趣旨に最も適うとおもう。
(レビュー日:2006-11-13)

無為の共同体―哲学を問い直す分有の思考

無為の共同体―哲学を問い直す分有の思考
ジャン=リュック ナンシー

通常24時間以内に発送 (2008/11/22 06:32:39(日本時間)時点 -詳細はこちら-)

¥ 3,675 (ISBN : 4753102157, 2001-06-15)


詳細をみる

Books.or.jpで本を見る
Amazon.co.jpで詳細を見る

「共同体」から、共同体へ

我々は、「共同体」という言葉に、
何かを共有していたり、一緒に何かを作り出すもの
といったイメージ持っていると思います。

しかしナンシーはそのような「共同体」には
殆ど価値が無いと言います。
それは「共同体」といったものが
主体の「営為」によって作り出されたものだからです。

それに対して、ナンシーの言う共同体は
主体の無い「無為」の状態によって
「経験」され「分有」されるものです。

この著書では、バタイユの内的体験を手掛かりに
議論が進められていきます。
そして、バタイユの経験が一見個別的なものに見えても
その自らの有限性によって
共同体の経験をしていることを明らかにします。

意識的、無意識的、あるいは歴史的に引かれた線から内側が
「共同体」だと思っているのが
現在の我々のあり方だと思いますが、
そのような「共同体」を抜け出て、
共同体へ進む可能性を示唆しているように感じました。

難解な書物ですが、
西谷修氏の解説が大変分かりやすく理解を助けてくれますので
そこから読むのも一つの手かもしれません。
(レビュー日:2006-01-24)

生のあやうさ―哀悼と暴力の政治学

生のあやうさ―哀悼と暴力の政治学
ジュディス・バトラー

通常24時間以内に発送 (2008/11/22 06:32:39(日本時間)時点 -詳細はこちら-)

¥ 2,625 (ISBN : 4753102564, 2007-07-31)


詳細をみる

Books.or.jpで本を見る
Amazon.co.jpで詳細を見る

絶望の淵から

9.11以降の米国における言論自粛(という名の言論封殺)がどのように行われているのかに対する冷静な考察。そして知識人に対して抵抗を求めるための静かなアジテーションでもあります。言論封殺に対抗するための手法は本書の中でも明示されてはいませんが、少なくとも日本でも同じ状況がおこりつつある中、これからの自分のあり方を考えていく最初の一歩としては有益でした。
ただし、その言論封殺を行っているのが「実体がわかりにくい政体」というものではなくて、少なくとも民主的手段によって選ばれた政治家と、その政治家がgovernすべき官僚によって行われている(つまり、選挙という手法を持っているからには、たとえブッシュに投票していなくても最終的に自分たちが言論封殺を招き寄せている)という点に関する自覚のなさ(単に言及されていないだけかもしれませんが)がやや気になるところ。また、哲学書にありがちな動詞の無理矢理な名詞化や、名詞の動詞化、浮世離れした語法、文体等で読み進めるのが辛かったのも事実。
(レビュー日:2007-11-16)

道徳形而上学の基礎づけ [新装版]

道徳形而上学の基礎づけ [新装版]
イマヌエル カント

通常24時間以内に発送 (2008/11/22 06:32:40(日本時間)時点 -詳細はこちら-)

¥ 2,625 (ISBN : 4753102343, 2004-04-09)


詳細をみる

Books.or.jpで本を見る
Amazon.co.jpで詳細を見る

読めない翻訳。買ってはいけない。

これはひどい訳である。肝心の所になる訳の分からない文章に
なってしまう。

例えば、p45。
普遍的な法に対する尊敬の念とはどんなものか。それは人間の好
き嫌いが奨励するようなどんな価値をも凌駕するような価値に対
する尊敬である、というところ。

「それは価値に対する尊敬の念である、そしてこの価値たるや、
傾向性によっていたく賞讃されているようないっさいのものの価
値を遙に凌駕する」となっている。

原文では関係代名詞で修飾されて「価値」という単語をなんと、
単独でまず訳しているのだ。

これでは「一般的な価値に対する尊敬」と読めてしまう。そし
て、関係代名詞の中身を、後に別の文章にしてしまった。そのめ
に、あくまで一般的な価値に、さらに別の意味が加えられたよう
に読めてしまう。これでは上記のような意味には取れない。

この翻訳には、こういう文法上のルーズさが至るところにあるの
で、日常的なことを描いた所は読めても、カントの言いたい中心
的な所はとても理解できないのだ。したがって、買ってはいけな
い訳である。
(レビュー日:2007-02-09)

カントの考え方を知るにはとても良い、本人が書いた本

 カントといえば近代哲学のビッグネームで、三批判書(純粋理性批判、実践理性批判、判断力批判)は著名です。しかし、これらだけを普通の人が一人で読んでも、私の経験から、先ず何を言っているのか分からないと思います。
 ところが、この本は、本人が書いた本であるにも拘らず何を言いたいのか、更にはどのような思考をしているのかが素人にも分かるのです。道徳論はカントの思想の中心だと思いますので、この本はとても貴重な本だと思います(日本語で文庫に収録されていて、薄くて安い)。
 例えば、”無制限に善と見なされ得るものは、善意思の他にはない”と言う言い方のように、この本は、カントの中枢思想である道徳論の本質を端的に理解させてくれるし、更にはカントという人は普通の人の感覚、つまり常識を、言語によって研ぎ澄まして行くという方法で考えていったのだということを実感させてくれました。
(レビュー日:2006-07-16)

『知の世界遺産』

 イマヌエル・カント(1724-1804)による、古今の倫理学における最重要文献が本著である。

 カントといえば、三批判書がすぐに挙げられる(「純粋理性批判」(1781年#1)、「実践理性批判」(1788年)、「判断力批判」(1790年#1))。本書は、「純粋理性批判」の後1785年に初版が発行されているため、セオリーどうりに思想を捉えてゆく方には、「純粋理性批判」の後に読むのがよいかもしれない。しかしながら、同書は名うての難解さのために、挫折さえしてしまいかねない。そこで、市井一般において興味を持ったなら、いくつかの理由で、本書よりカント思想に入ってゆくのも悪くないと思うのである。

 まず第一に、文意を一筋縄で理解できるわけには行かないけれども、文体は比較的取り付きやすいこと。第二に、カントらしい『論理の精確と概念の明晰』(「啓蒙とはなにか」I・カント著、岩波文庫p189)が十分見て取れること。そして第三に、小生にはカント哲学を貫くと思われる、「分を弁えた厳格さ、という視座」が(定言命法に象徴されるように)よく現れている気がすること、である。概略は、先に述べた視座を自らに課し、自らの内を探り、そして他者と、他者との関わりへと向かおうとするものである。とはいえ、『原論』である以上、理論的・理想的一般化に近いものと、イメージしてもらうのがよいかもしれない。

 哲学の古典である以上、訳や版の問題、そして時代の影響は避けて通れない。この点については、十分注意して多くの優れた向学の士に耳を傾けたい。廉価な異訳もあるので、こちらも良いと思う。星5つというのは、原著の重要性に対しての評点なので、あしからず。
 ともかく、「人間とはなにか」という問いを探る、大切な遺産である。
(レビュー日:2006-02-25)

翻訳の比較。

カントの本としては最も読みやすい部類に属するのだろうが、政治哲学の本としてはやはり難解で、一読了解とはいかない。提示される結論(道徳法則)は明快なのだが、そこに至る論証過程はどうしてもよく分からないところが残る。それでも外せない古典であることは間違いない。

入手可能な邦訳としては、岩波文庫の篠田訳、中公クラシックの野田訳、以文社の宇都宮訳の3つがある。最も読みやすいのは宇都宮訳だが、ちょっと高い。篠田訳も決して悪くないので、財布と相談して決めればよいだろう。
(レビュー日:2005-12-23)

とても読みやすいです。

私は専門外ですが、岩波版と比べて読みやすいと思います。ドイツ語ができないので翻訳の適否は分かりませんが、岩波版と比べて日本語としてなじみのある訳語が使われています。
この本の魅力は何と言っても各節ごとについている要約にあります。本文を読んでいるうちに頭がごちゃごちゃしても、要約のおかげでかなりすっきりします。要約がカント解釈として適切かどうかの判断は専門家にゆだねるしかないですが、少なくとも要約のおかげで一応の理解は出来ると思います。
内容に関しては、他のレヴューの通り非常に重要なことが書かれており、現在の政治哲学、法哲学、倫理学の分野では基本文献と言えるでしょう。今ではカントの道徳論に対する風当たりは非常に強いですが、カント批判を読む場合にも、カント本人が何を論じているか一応押さえておくことは必要だと思います。もちろん教養書としても優れています。
(レビュー日:2005-11-09)


サーチする:


booklog - ISBN - 出版社コード : 4桁 - 不具合報告

Amazon.co.jp アソシエイト