ウェーバーの死の1年前、1919年に行われた、次代を担うであろう学生達に向けた講演の記録。
誰もが指摘するように、古典中の古典だが、得るものは多い。
政治の持つ暴力性、現代的な政治を職業とする者の分類、そして政治家に期待される倫理、さらに資質……これらのことに関して論じたところは未だに色あせない。
そして、多くの人が、これらのことについては語ってしまっているので、本書の違う部分に目を向けたいと思う。
ウェーバーはこの当時、ワイマール憲法の起草委員会のメンバーだったと記憶している。
高校の歴史や政治経済の教科書などにも出てくる通り、基本的人権という面において、当時としてはもっとも完成度が高かったとされる憲法だ。
自分の記憶が確かなら、起草に当たって政治社会学、法社会学の泰斗として、ウェーバーの果たした役割もまた大きかったに違いない。
そして、この講演…特に政治家の倫理や資質を語る部分は、当然、この憲法に基づくドイツの政治をこれから担う若者に対して発せられた、政治を職業とする者はかくあるべしという、ウェーバー流のメッセージのはずなのだ。
さらに、彼はロシア革命を「乱痴気騒ぎ(カーニヴァル)」と言って嫌悪感を隠さず、政治的な熱狂によって導かれる政治を否定しさっていた。
また、当時のドイツの政治状況をちくりちくりと批判し、警鐘を鳴らし、こうも学生達に呼びかける。
10年後にもう一度集まって、同じテーマで論じてみたいものだと。
彼ら学生に、危機的状況を乗り越えて、穏健な民主国家としてドイツの未来を形作っていって欲しいと期待していたことが、ありありと窺えるではないか。
彼の講演を生で聞いた学生達は10年後を、さらにその後をどのような思いで眺めていたのだろうか。
10年後には、ワイマール体制は機能不全の態を表し、1933年にはヒトラーが首相に就任するに至る。
ナチ政権はまさに政治的熱狂が生み出した、ワイマール体制の理想の対極に位置するものだった。
その後、ナチの支配はより堅固なものとなり、誰もが知る通り、ドイツは戦争への道をひた走り、戦争の敗北によって瓦解する。
ロシア革命以上の乱痴気騒ぎと言わずして何と言おう。
こうして見ると、この講演も歴史の徒花になりかかったのであり、何とも皮肉を感じてしまう。
それでもなお、時代を超えて生き残り、我々にも訴えかけてくるものがあるのは、さすがに誰もが認める名古典にして名講演と言わざるを得ない。
(レビュー日:2007-03-28)