異文化理解 (岩波新書) [新書]

異文化理解 (岩波新書)
岩波書店 岩波書店 / 青木 保

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¥ 735 (ISBN : 4004307406, 2001-07)
(EAN/JAN : 9784004307402, 2001-07)

セールスランク : 15851位

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現代人の必修科目

グローバリゼーションが進み、生活文化の画一化現象が起こっている一方で、文化とか文明の境界は越えられないという主張が非常に大きな影響力を持ち、論争を引き起こしているという現実がある。しかし、「文化のグローバリゼーションと異文化は必ずしも対立関係にはなく、グローバリゼーションも受け入れながら異文化は異文化として存在するというあり方になるのが一番良い」というのが筆者の主張である。本書はそうした望ましい「あり方」のために「異文化理解」がいかに重要であるかを論じ、相互理解を深めるための手がかりを示そうとしたものである。筆者自身の体験など、具体例を織り込みながら、非常にわかりやすく説かれている。「異文化理解」が現代人にとって必修科目であるということを痛感させられた。特に教育関係者にとっては必読の書と言っても良いのではないか。


(レビュー日:2008-10-07)

解決策が見えない(異文化理解は絶望的か?)

世界がどんどん狭くなる中で、異文化同士の軋轢が各地で表面化している。
どうすれば多様な文化をそれぞれが尊重し、共存・共栄できるのか。
その答えが知りたくて、この本を手に取りました。

本書では、その一番重要な「How to 異文化理解」について、
著者自らの体験をもとに、異文化理解の「あるべき姿」について
様々な事例を提示してくれています。

しかし、それを聞けば聞くほど、いかに異文化理解が困難であるか、、、、
最後に絶望が残ってしまった、というのが読後感でした。

なぜ人間には文化なんてものが必要なんだろう、、、、、
本書を読んでいると、文化それ自体が、生命力をもって増殖するウイルスのように
思えてしまったのは私だけでしょうか?
(レビュー日:2006-11-29)

良かった!

どういう本かということは他の方が書いていると思うので・・・

凄く面白かったです!!
たいていの新書は5分読むと燃やしたくなるという、
頭の悪い高校生の私でも最後まで飽きずに読むことができました。
必要以上に難しい言葉は使われておらず、本当に読みやすかったです。
異文化理解につながる知識と興味が深まりました。

もっとこんな風に面白くて分かりやすい新書がたくさん出ればいいのになぁ。最近やたら専門用語だけ使って自己マンな人多いから…
私にも理解できる本を・・・(笑)
(レビュー日:2006-08-04)

「文化の違い」について知見が得られる良書

文化とは、一般的には、人間における共通した価値や行動パターンである、ということができる。このように文化という言葉の定義そのものは理解できるものの、しかし、いざ我々が所属している文化、あるいは我々とは異なる文化、というものを識別しようとなると難しい。本書は、文化が同じである、文化が異なる、というようなことがどういうことなのか、これについて示唆を与えてくれる良書である。

本書は、こうした示唆を与えるために、次のような問題意識を展開する。すなわち、グローバル化が進むほど、異文化を理解することが重要になる、と。現在生じているグローバル化がもたらす帰結はいくつか考えられるが、文化の視点に立つと、おおよそ3つの懸念事項がある、とする。?異文化の人たちと交流を持つことから生じる弊害。?文化の表面的画一化現象をどのように捉えるかという問題。?グローバル化による自文化と異文化との衝突であり、文化摩擦による戦争の併発、などが指摘されるのである。本書は、こうした問題が、異文化を理解する視点が養われていないために生じるものであり、今後グローバル化が進めば進むほど、異文化を理解する必要があることを説くに至るのである。

異文化を理解する視点は、主として文化人類学の知見を利用して、「境界の時間」「境界の時間を生み出す儀礼の意義」を見ることを提示するが、さらに広くは、その共同体固有に展開されているコミュニケーション、その共同体のみでしか通用しないコミュニケーション(これを「象徴」としている)に注目することで、異文化を理解することが出来ることを提示している。詳しくは本書を参照されたい。

本書は、文化という、実に抽象的な議論が展開されることになるが、これを理解することは、複雑雑多な人間、多様性を持つ人間を理解していこうとする一つの視点を投げかけてくれる、と考えられる。すなわち、こうした文化に関する議論は、個々人が異なるとされる、複雑雑多な人間の共通性を抽出してくれる、と考えられるのである。また、一方で、人間個々人が異なる、ということは、個々人レベルで文化が異なる、ということもできる。すなわち、文化は、共通の価値や行動パターンとはいうものの、個々人レベルでも存在するかもしれない。いや、個人個人が異なるというのは、個人レベルで固有の文化が形成されているから、ということができるのである。こうした視点に立つと、異文化を理解するというのは、他人を理解するということにもつながる、と考えられる。

本書について、もう1点、付け加えるなら、グローバル化という視点から、もう一つの研究課題があると思われる。それは、新しい文化がどのように生まれるか、という問題(本書でいう混成文化に近い考え方)である。人間に学習機能があるとするならば、すなわち、異文化を理解するだけでなく、それをベースに新しい文化を創造する側面があるかもしれない。これは、その文化固有のコミュニケーション様式・象徴論理が変更されることを意味する。これに関連するメカニズムを探ることは、かなり意義があるのではないか。

(レビュー日:2004-09-21)

社会にゆとりもたらす「境界の時間」

 「境界の時間」という概念は、もし日本が今後「文化大国」としての地位を曲がりなりにも追求しようと思うならば、おそらく鍵となる概念だろう。

 文化人類学者の著者は、自分のタイでの僧修行の経験をもとに、そのような制度がタイの文化的な中核になっていると同時に、社会に対してゆとりをもたらしていると考える。近代的な社会からいったん離れて、「空白の時間」を過ごし、そしてまた社会へと戻っていく。これは何も僧修行のような特殊なものばかりを指すのではなく、異文化の世界に入っていくこともまた立派な「境界の時間」を過ごすことになる。留学、海外赴任などもそうだろう。

 日本においては、この「境界の時間」を経験する場がほとんどないと著者は言う。留学や海外旅行をする日本人が???れだけ多いというのは、裏を返せば、国内で「境界の時間」を作り出すことができないことが一つの原因だとも言い得る。「結局、現代の直接的な時間に裂け目を作る装置がないために、日本社会はゆとりのない、緊張ずくめの社会になってしまっている」(73頁)のである。

 近代的な社会から離れて、自分を一時的に全く異質の存在に変えてしまうことの意義は、何も自己実現のためだけではないのである。それが社会にゆとりをもたらし、そのような「逸脱」を社会全体が許容できる(または当然視できる)ようになった時、そこに文化が生まれる余地ができると言い得るだろう。

(レビュー日:2003-06-11)

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