岡自身、芥川龍之介をこよなく愛読し、兄のように敬愛していたことをたびたび書いているが、寺田寅彦の作品に関しても同様であった。そして、おのずから、間接的に漱石を師と重んじ、熟読していた。一例を挙げるなら、晩年の漱石の書簡中にある次のような記述、午前中の創作活動が午後の休息の時の肉体に悦びを与えるのを例としている、を他に類の無い貴重な文献であると、特筆している。岡によるならば、これは「発見の鋭い悦び」なのであって、〈まるでなにか砂糖分が体内に長く残っているといった感じの悦びなのです。〉
(第二部 情緒 にある「いのち」の章の、文化と悦び、の節)
さらに、独自の芭蕉観、特に連句のそれは、志賀直哉等の大家を傾聴せしめたようだ。この本にはそれらがバランスよくまとめられている。
何を文学と見なすか議論は分かれるだろうが、この驚くべき数学者の知性が達成した文学的な営みは、日本近代文学において屹立していると私は思う。
中谷宇吉郎兄弟への強い友情と思慕、そして札幌で無為に過ごした
一夏の終わりに突然舞い降りた天啓の話に、心を打たれました。